弥永貞三 著 至文堂 出版年月日1956
奈良時代の庶民の生活について書かれてそうな本を探していて見つけたました。
国会図書館のデジタルライブラリーにあり、誰でも見ることができます。本当にありがたく便利な世の中です。本の内容として大半は班田などを取り扱っていますが、終盤で庶民の生活などを記しています。
そしてそのむすびの言葉として書かれていた文章を読み、かなり心に響きました。
長いですが引用します👇
下層民と少数の中間長民と豪族とが住み、豪族は律令官人の末端としての権力を持つと同時に、奴婢牛馬等の財産を多数に持ち、広い墾田を所有した。その族人は族長を中心として結びつき同じく大きな富をたくわえて、地方貴族層を形成し、彼等の支配は略々郡を単位としてかなり広範囲に及んだ。私出挙などを通じて農民はますます窮し、富農はいよいよさかえた。政治的な事情も多くの場合豪族を有利にした。かくして有力な農民は、没落した血縁関係者を、さらに有力な者は、没落した非血縁者を、また他国から流れて来る浮浪者を何らかの形で隷属させて行つた。貧窮した島民は有力な民と隷属関係を結んでその庇護下に入るか、さもなくば父子離散して他郷へ流浪するかしなければならなかった。たとへ浮浪人と化しても、他郷に定住し自己の墾田を開発して、更生するような場合は極めてまれで、やはりその土地の豪族と関係を結ばざるを得なかったであろう。
農民たちの生活は、中央貴族たちの生活と決して無関係ではなかつた。中央政界に於ける変動が彼等の生活に敏感に伝わって来たことは、追守村の例で見て来たところである。のみならず、 奈良の都で営まれた華やかな天平文化をきずき上げた経済的蒸礎は、農民等の庸調であり、それよりも大きなのは、農民等が提供した賦役労働であった。
貴族等もまた農村に対して大きな関心を持つた。班田制から三世一身法、墾田私有法に移行する土地制度の変化、更には雑徭の半減と公出挙制の成立など、対農民政策における重要な転機が、常に中央政界の変動と随伴していることは何よりもこれを物語っている。
奈良時代を通じて、墾田は大いに開発され、国家経済は大いに発展した。しかし乍ら農民等の生活はこれがために向上したとは考えられない。農民等の一部は地方豪族乃至有力な農民として成長して行ったが、多くのものはその隷属下に入ることによつてかろうじて生活をつどけて行ったと考えられる。かような有力農民の数は、奈良時代の経過するにしたがって増加して行ったようである。そしてこれらの治田主が次の荘園時代を造り上げる主柱となったのである。
奈良時代は律令という仕組みで国を治めようとしたわけですが、庶民の生活は苦しく良い時代が到来したわけではなかったようです。
これは時代が下っても、つまり現代でも同じことが言えそうでかなり暗い気分です。技術や制度が発達しても、結局庶民は権力者から搾取され続ける構図が永久に変わりそうにないからです。
これは、人類の本能、本質なのでしょうか?
他者を食い物にして自分が生き残る、弱肉強食の構図が反映されているのか、見極めたいところです。
引用部分です。

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