興味深い記事がありましたのでシェアしたいと思います。原文👇

~現代フェミニズム言説への一考察~
ヒラリー・クリントンの有名な言葉に「戦争の主な被害者は常に女性である」というものがあります。しかし、この一見“正しい”響きのフレーズの奥には、私たちが普段あまり疑問を抱かない、さまざまな文化的前提や思い込みが潜んでいるのではないでしょうか。
誰もが自分の人生を自由に選ぶべき
まず最初に強調しておきたいのは、私は決して誰か、特に女性に対して、「こう生きるべきだ」と押しつけるつもりはありません。どんな仕事を選ぶのも、その人の自由であり、もちろんジェンダーによる就業差別には断固反対です。人は自分自身に最も合った人生の道を、自由に選ぶ権利があるべきです。
メディア主導の「解放」観
ただ、ここで私が考えたいのは、「主流・マスメディア主導のフェミニズム言説」に根づいた、あまり語られない前提です。
「誰かを解放する」とは、本来、その人の権利を不当に制限する枷を取り除くことです。また、その制限の少ない場所=より自由な環境へ導くことも含まれます。
ところが現代メディア・フェミニズムでは、「家庭」、特に子育てや家事が女性抑圧の象徴とされがちです。一方、女性が“自由”を感じ、自己実現できる場とは「労働市場」とされ、男性のようにスマートに指揮し、収入を得てこそ“平等”というイメージが広がっています。
労働市場は人間価値の尺度なのか?
そうした論調には、いくつかの隠れた前提があります。
一つは、【市場=人間の価値の究極的裁定者】だというもの。しかし、これは長いキリスト教的伝統とも真っ向から矛盾します。人間の価値とは本来内在的であり、その価値は善行や慈善、子どもや病人、高齢者への献身などによって高められこそすれ、「市場的価値」とイコールではありません。
また、家事や子育ては「つまらなくて退屈」だけど、外で働くことは「自己実現・魂が満たされるもの」といった暗黙の思い込み。それに基づけば、男性は毎日職場で素晴らしい成長と充足を得てきたかのように表現されます。
労働は本当に「輝く現場」なのか?
たしかに、一部のドラマや広告では、働く男性たちは「カッコよく」「ダイナミック」に描かれます。でも現実はどうでしょうか?多くの男性は、ゴミ清掃員、鉱山労働者、漁師など、過酷で危険な仕事に従事しています。「メディア・フェミニズム」は、まるで“マッドメン”のような華やかな職場が男性の日常であるかのように見せていますが、現実のほとんどの職場は地味な「労苦」であり、決して自己実現の場ばかりではありません。
戦争の「犠牲」とは何か
こうした内実を無視して「戦争=女性が一番の被害者」とするヒラリー・クリントンの発言は、前線で大量に亡くなり・傷つく男性たちの苦痛を過小評価しています。女性が戦争の間に受ける苦しみも重大ですが、「戦争で使い捨てられる」男性側の現実も直視すべきでしょう。
「働く」ことで人は満たされるか?
「とはいえ今の社会では働かないと生きていけないじゃないか?」と思う方もいるでしょう。しかし忘れてはいけないのは、今のような「金銭至上・金融資本主義」が全面的に拡大したのはごく最近の話です。このシステムは、魂や成長、家族の絆よりも、効率や目先の利益しか気にしません。
そもそも昔の人は、「仕事は仕事」と割り切り、人生の本当の意味や成長はむしろ家や地域社会、信仰など“職場の外”に求めていました。しかしメディア・フェミニズムの広まりにより、「男のようにフルで外で働くことこそ女性の自己実現」「それこそが解放」といった商業主義的な価値観が圧倒的になりました。
その結果、家計を維持するため二人稼ぎが当たり前となり、女性が短期雇用・低賃金・不安定な職で消耗するケースも激増しました。こうした「会社に都合のいい柔軟なアルバイト」は、家事や子育て中心の昔の女性よりずっと人間的に幸せと言えるのでしょうか?
「本当に幸せで満たされているか」聞いたことはあるか?
女性エリート(経営者や医師)ではなく、実は何万人といるコンビニ・ファストフード店員の母親たちに「今の働き方に本当に満足している?」と、世論調査する様子を私は見たことがありません。もしそんな調査が行われれば、「職場=究極の自己実現」という幻想はすぐに崩れるに違いありません。
職場こそが「成長」の場なのか?
もちろん、女性が差別やハラスメント無しに好きな職に就ける社会は大前提です。しかし、“会社で輝くことこそが女性の唯一最大の幸せ”といった神話を広げること。それは本当でしょうか?
多くの場合、仕事とはただただ“働くこと”であり、心を麻痺させ、エネルギーを消耗するものです。人生の大切な“喜び”や“意味”は、むしろプライベートな時間やコミュニティの中にあります。
「女の子たちに“職場が自己実現の最高の場”とばかり教える」前に、伝統や家庭で育まれてきた“女性の力や喜び”にも、きちんと目を向け選択肢を示すべきです。その上で人生の貴重な時間を“本当にどこでどう使いたいか”、自分自身で納得して選べるような社会が必要なのではないでしょうか。
※この記事の原文・論旨は Brownstone Institute のThomas Harrington氏によるものです(内容の要旨・解説を含んでいます)。





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