東方書店のメルマガで知った本です。中国の唐の時代、そして女性の歴史に興味があるので私的には大変興味深い本です。
内容は多岐にわたってきますが、私が好きな唐の皇帝太宗も登場する逸話について取りあげます。
酢を飲む 「吃醋」
中国語では嫉妬することを「酢を飲む」と表現します。中国語では⇒「吃醋」
この言葉には典拠があり、それが以下の話です。
兵部尚書(軍務大臣)任環は、その功績によって唐の太宗皇帝より宮女二人を賜った。ともに 絶世の美女であった。任環の妻・柳氏は嫉妬し、二人の頭髪を焼いて丸坊主にしてしまった。 太宗はこのことを聞いて、柳氏を宮廷によびつけ、金の壺に入った酒を与えていった。「これ を飲めばたちどころに死んでしまう。ただしこののち嫉妬をやめるなら、飲む必要はない。もし嫉妬を続けるなら、いますぐ飲め」と。柳氏はこれを飲み干して倒れ伏したが死ぬことはなかった。酒には毒が入っていなかった。太宗は言った「妻の性とはこのようなものだ。朕でも畏れるものだ」
この話の酒は実は酢であったということになって、「酢を飲む」という言葉 が「嫉妬する」という意味で使われるようになったそう。名君といわれる唐の太宗が、その権力をもってしても部下の妻の嫉妬を制御できなかったという話です。この話は女性の嫉妬の強さを表す言葉として定着したそうです。

男性の嫉妬もあるのに、それを象徴する言葉はないんです。

むしろ男性のが嫉妬深いような気がするけど
妻は怖い
上記の後日談があって
任環が言うには、妻というものには怖いところが三つある。娶ったばかりのときは菩薩さまのようである。菩薩さまを恐れない者がいようか。しばらくして子を産むと、子育て中の虎のようになる。虎を恐れない者がいようか。年老いてシワが寄ると鳩盤茶鬼(仏教で、人の精気を吸い取るとされる鬼神)のようになる。 鬼神を恐れない者がいようか。だから妻をこわがるのは何らおかしいことではないのだ、 と。これ聞いていた人は大喜びした。
確かに当たってる感じしますねw 現代にも通じる気がします。
嫉妬深い妻と恐妻家の夫
唐末、黄巣の乱のとき中書令(中書者の長官)の王郷は、黄巣軍を防いでいたが、敵軍は近づきつつあった。彼が戦陣に赴く際、お気に入りの妾たちを引き連れてでかけていた。その嫉妬深い妻も後を追う予定であったが、まだ到着していなかった。突然報告が届いた。「夫人は都を離 れ、こちらへ向かっています」と。王は側近にいった。「黄巣は南から迫ってくるし、妻は北 からくる。朝も晩も気持ちの休まるときがないよ」と。側近たちは戯れていった。「黄巣に降るのが一番です」と。王も一緒に大笑いした。
このような話が小説などの史料に多く残っているそうです。つまり嫉妬深い妻と妻に頭が上がらない夫という形はかなり一般的だったみたいです。
このころは日本は奈良時代、日本の庶民もそのような感じだったのか妄想が膨らみます。当時は遣唐使が多くの書物を日本にもたらしたので、日本の貴族たちも唐の小説を読んでいたかもしれません。どのように感じたんでしょう。

恐妻家と嫉妬深い妻のペアは東洋的な感じがするにゃ?
昔の庶民の人たちの姿が垣間見られて面白い本です。ぜひ読んでみてくださいね。





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