明治・大正・昭和の時代を通じて土岐市泉町と御嵩町の間を行き来し、生活物資を運んだ「美佐野街道」を歩くイベントが開催されます。
参加申し込み情報
日にち:3月29日(土)
定員:30名
対象:どなたでも
参加費:無料
持ち物:飲み物、タオル、歩きやすい靴
講師:大富山を愛する会のみなさん
申し込み:3月22日まで
電話:0572-55-3653
メール:izumi-ko@city.toki.lg.jp

美佐野街道は、岐阜県土岐市周辺の古い街道で、豊かな歴史を持つ重要な交通路でした。
起源と発展
美佐野街道の起源は古く、7世紀前葉(600年代前半)にまで遡ります。この時期は大化の改新の頃に当たり、日本の古代国家形成期と重なります。
東山道との関連
平安時代中期に編纂された「延喜式」によると、美佐野街道は東山道の一部であったことがわかります。東山道は五畿七道の一つで、美濃国(現在の岐阜県南部)を通過していました。
中山道への変遷
江戸幕府によって中山道が整備されると、この古い街道は「中街道」という名前で残されました[2]。これは、主要な中山道と区別するための呼称だったと考えられます。
美佐野街道の経路
美佐野街道の具体的な経路については、以下のように記述されています:
- 白山神社の西側から出発
- 伊野川に沿って上り
- 上之郷村美佐野や御嵩町に通じていた
その後、経路が変更され、東洞の斧研池から上る道路に変わり、長期間使用されてきました。
文化的影響
美佐野街道周辺には、古墳時代からの遺跡が存在し、この地域に古くから人々が居住していたことを示しています。また、街道沿いには宿場町が形成され、地域の発展に大きく寄与しました。
美佐野街道は、単なる交通路としてだけでなく、地域の歴史や文化を形作る重要な要素として、現在も地域の人々の記憶に残っています。




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