つづきです。

相変わらず「君」の漢字が判別しにくい(;’∀’)
ホトトギスの漢字「時鳥」を知らなかった。また「聲」が出てきた。なかなか覚えられない
法師が「本うし」になっているが、「う」と「し」が左右で書かれてまるで一つの文字みたいで混乱した。
「可」は頻出だが、姿はいつも小さく書かれている。なので見落としがちだがその次の文字がかなりの確率で「り」だったりしてパターンが見えてきた。それに必ず「可」よりでかく書かれがちだ。

「れ」が「禮」と「流」と書かれる場合が出てきた。いずれも崩し方が激しくて原型をとどめていない。でも多くは「連」が使われててこちらはもう判別できる。
女からみた男兄のことを「せうと」というらしい。初めてしったよ。

「あわらひ」のところに「洗濯」と注意書きが書かれていてわかりやすい。いつから「洗濯」という言葉が使われるようになったのだろう。
これにはまだ2行ほど続きがあるんだけど。その内容があほらしい。翻刻の注意書きから現代文に訳してみた👇間違っているところもあると思うが。。。
戒仙と言う人が法師になって比叡山に住んでいたが、洗濯をしてくれる人がいないので、洗濯物を親元へ送ったそうな。そうしたら親は「親の反対を押し切って法師になったくせに洗濯物を送り付けるとは」と憤慨したのだと。それを知って戒仙は次の歌を詠んだ
「こうなっては私はどこへ行ったらよいのか。山にいても世間の不愉快なことが、やっぱりなくならないものだなあ」
あのさあ、僧になったら掃除洗濯は自分でするのが当たり前なんじゃないの?なぜ親に洗濯させるの?図々しすぎる。自分自身が不愉快の元凶じゃないのか?
出家するって働きもせずにご飯食べる楽な人生を送るってことなのかな?それとも世間のわずらわしさから逃げてニート生活をおくるための逃げ道なの?
原文





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